神山町(徳島)で過ごす3日間:地方創生の成功例

私の神山町への旅は、どこか初めて日本を訪れたときの記憶を思い起こさせるものだった。

Translated by Shiho Baisho

中山竜二さんは、ある使命を胸に動いている人だ。
いわゆるサラリーマンとして21年間働いたのち、彼は四国・徳島県の山あいにある小さな町、神山町の魅力的な田舎暮らしに心を奪われた。

何度も神山を訪れるうちに、その体験は彼の人生を大きく揺さぶり、ついには生活のすべてをまとめて神山へ移住する決断をするほどだった。
7年間「Awa Café」のオーナーとして過ごした後、彼は神山の美しい自然と温かい人々を日本中、そして世界に伝えることに人生を捧げようと決めた。現在、中山さんはNPO法人「グリーンバレーの理事長として活動している。同団体は、日本の速な過疎が進む中で「地域経済の活性化と文化の発展」を目指して取り組んでいる。

中山さんはこの役割を担ううえで、明確な使命を掲げている。それは、神山の魅力を1万人の新しい「友だち」に届けることだ。
彼の言う「友だち」とは、神山のコミュニティと深い絆を結ぶ人々のこと。何度も訪れたり、長期滞在を楽しんだり、あるいは彼自身のように移住してくる人たちを指している。もちろん、従来型の旅行、観光が地域へもたらす経済的価値も理解しているが、彼の真の目標は神山の長期的な繁栄だ。日本各地の農山村が抱える人口減少の中で、神山を持続可能な成長のモデルとして輝かせたいと考えている。

筆者は幸運にも、中山さんにガイドしていただき、神山で3日間を過ごすことができた。
以下では、その素晴らしい体験を1日ごとに紹介していく。この文章が、読者の皆さんが神山という魅力的な町に興味を持ち、真の「神山の友だち」になるきっかけになれば嬉しい。

1日目

旅のはじまり

東京から徳島へ飛行機で向かうなら、ぜひ右側の窓側席を選びたい。富士山の壮大な景色が楽しめる

東京・羽田空港からの朝のフライトが私の旅のはじまりだ。約1時間の空の旅を経て到着したのは、徳島県の県庁所在地・徳島市。ここは有名な阿波おど発祥の地でもある。徳島市には、徳島阿波おどり徳島空港や大きなJR徳島駅があるため、神山町へ向かう旅行者は一度はこの徳島市を通ることになる。

レンタカーのナビ設定に少し手こずりながら市街地を抜けて神山町へ向かった。しばらく走ると、にぎやかな街並みは姿を消し、曲がりくねった山道と、美しい森や田畑が広がる風景へと変わっていく。1時間ほどのドライブの後、かま屋に到着。ちょうど軽くてヘルシーなビュッフェランチにぴったりの時刻だった。
かま屋は「フードハブ・プロジェクト」の取組みにより運営されているレストラン兼ベーカリーで、地元産のお米や採れたての野菜を使った料理を提供している。このレストランでしっかりエネルギーを補給し、次のアクティビティ「創造の森アートウォーク」へと向かった。

かま屋:神山町の主要道路である国道439号線を走ると、右手に見えてくる

かま屋でいただくヘルシーランチ

アーティスト・イン・レジデンス

晩秋の短い日照時間が、どこか急ぎ足の雰囲気をつくり出していた。
かま屋で初めてお会いした中山さんは、エネルギッシュに次の目的地の上一宮大粟神社へと案内してくれた。神社へ続く、終わりが見えないような参道を登りながら、私は周囲を包む森の静けさに思わず心を奪われた。

上一宮大粟神社へ続く参道を登っていく

神社とそこに祀られている神様にお参りを済ませたあと、私たちは周囲の森の中をゆるやかに続く小道へと進んだ。
このハイキングは、これまで日本で体験したどの散策とも違っていた。道のあちこちに、神山アーティスト・イン・レジデンス プログラムによって生まれた多彩で個性的なアート作品が点在していたからだ。

創造性あふれる作品の数々、そして神山の谷を見渡す素晴らしい景色。山中を歩くこの時間は、まさに目にも心にも心地よい贅沢なひとときだった。

筆者が「アートハイク」で特に気に入ったのは、「隠された図書館」。神山町の住民はここに本を置いたり、好きなときにこの温かみのある木造の小さな空間を利用したりできる

KAMIYAMA BEER(神山ビール)

ハイキングコースのふもとで、思いがけない嬉しい発見があった。
それが KAMIYAMA BEERである。オランダから神山町に移り住んだ夫婦が立ち上げたクラフトビールの醸造所だ。本当は、ハイキング後の一杯とおつまみを楽しんでいきたかった(併設バーは週末営業)。
しかし、この日はスケジュールが詰まっていたため、泣く泣く数本のボトルをテイクアウトすることにした。(先にネタバレとなるが、ビールは最高だった。)KAMIYAMA BEERのストーリーについては、こちらの記事でさらに詳しく知ることができる。

松葉庵・麟角(りんかく)でのファインダイニング

松葉庵・麟角(りんかく)の山胡麻豆腐

夕暮れが迫る頃、中山さんは上一宮大粟神社から車で数分の場所にある、うっかりすると通り過ぎてしまいそうな小さな建物へと私を連れて行ってくれた。
それが 松葉庵・麟角(まつばあん りんかく) だ。

昼間はこだわりの茶とコーヒーを提供する茶房、夜は日本料理の店として営業している。この店の存在は、私が神山で過ごす時間が忘れられないものになる。という、予感をさらに強くしてくれた。

店主である松村慶佑さんは、東京・銀座という最も厳しい環境で腕を磨いてきた人物だ。現在は神山に移住し、都会的で洗練された食体験に、地方ならではの温かいおもてなしと新鮮な食材を融合させている。松村さんは、ゲスト一人ひとりの好みに合わせて料理を組み立てることを心から楽しんでいる。
それは、大都市のレストランでよくある形式ばった食事体験とはまったく異なる、心地よい自由さに満ちていた。

Week Kamiyama:デジタルノマドの楽園

旅の興奮、新しい景色・音・味わいをたっぷり堪能した一日の終わり。いよいよ「ホテル」Week神にチェックインする時間になった。とはいえ、ホテルという言い方は少し物足りない。Week神山は、ただ眠るための場所ではなく、ひとつの体験なのだ。特に、ライター、デザイナー、エンジニアなど、どこでも仕事ができる人にとっては理想的な環境だ。

木の温もりを生かした、素朴でありながら現代的なデザインは、周囲の森の風景と見事に調和している。私の部屋には、床から天井までの大きな窓があり、川沿いの美しい景色を眺められるデスクが備え付けられていた。とても刺激的な空間で、翌朝早く起きて仕事を始めるのが待ちきれないほどだった。さらに、より社交的な環境を好む人や、仕事に必要な設備を求める人にとって嬉しいのは、Week神山の宿泊者は、近くにある「神山バレー・サテライトオフィス・コンプレックス」のコワーキングスペースを無料で利用できるという点だ。

Week神山:心地よく眠れ、そして創造意欲が湧き上がる場所

2日目

神山のサテライトオフィス

2013年に設立されたエンガワ株式会社のサテライトオフィスで働く社員たち

Week神山のダイニングホールで、軽めでヘルシーな朝食をいただいたあと、中山さんは私にグリーンバレーのサテライトオフィス・コンシェルジュである砂田莉紗さんを紹介してくれた。
この日の午前中の予定は、東京に本社を置く2社、Sansan株式会社 と株式会社えんがわのサテライトオフィスを見学することだった。その見学の模様をお伝えする前に、少し背景を説明しておく。

築95年の古民家を改修して活用している株式会社えんがわのサテライトオフィス外観

神山町は、日本各地で進む人口減少や地方離れの流れを逆転させることに成功している数少ない地域のひとつだ。その理由のひとつが、県が持つ高度な通信インフラと、外から来る人を受け入れる柔軟な住民気質を活かし、起業家や大企業を地域に呼び込んできた取り組みにある。

神山町は、2008年から2012年にかけて全国で進められたアナログ放送から地上デジタル放送への移行の際、徳島県全域に整備された強力な光ファイバーネットワークの恩恵を受けた。特に山間部でテレビ電波が届きにくい地域を補うために整備されたこのネットワークのおかげで、神山町は「自然豊かで温かいコミュニティ」でありながら、「ビジネスにも適した環境」という両方の魅力を兼ね備えることになった。

Sansan株式会社のサテライトオフィスも、古民家を改修して活用している

光ファイバーによる高速インターネット環境のおかげで、リモートワーカーたちは自然豊かで刺激に満ちた環境に身を置きながら、重要なプロジェクトや会議に参加できるようになった。Sansan株式会社のような企業は、神山のサテライトオフィスを企業研修や新入社員のオリエンテーションの場としても活用している。

現在、町内には12以上のサテライトオフィスがある。砂田さんのおかげで、私はリモート社員が実際に働く様子を見学することができ、リモートワークが多い私にとって、とても興味深い体験だった。

徳島市へ戻る

中山さんがかつてオーナーであった Awa Café で軽いランチを済ませたあと、私たちは車で徳島市を見守るようにそびえるへと向かった。
3日間の旅をすべて神山だけで過ごしてもよかったほどだが、四国を訪れる旅行者なら、徳島市が持つ豊かな文化遺産もぜひ体験したいところだ。

私たちの目的地は 阿波おどり会館。5階建ての複合施設で、館内には眉山山頂へと一気に運んでくれるロープウェイがある。小さな山の尾根に沿って続く遊歩道を、ゆったりと散策した午後のひととき。その後、再び阿波おどり会館の2階と3階へ戻り、阿波おどりのライブパフォーマンスとミュージアムを楽しんだ。

阿波おどりの公演はとても素晴らしかった。
リードダンサー兼MCの方が、踊りの歴史や伝統について丁寧に説明してくれたからだ。他の場所で阿波おどりを見るだけでは、なかなか得られない体験だ。さらに、このショーは参加型でもあった。私たちは踊りの基本を教わり、実際に一緒に踊ることもできた。日本語が話せなくても心配はいらない。公演中は英語を含む複数言語の字幕が背景に表示される。

神山温泉

徳島市で夕方の買い物を楽しんだあと、再び神山へ戻り、地元の方々と夕食をご一緒するという嬉しい時間を過ごした。これは、中山さんが神山で築いてきた深い人間関係の証でもある。

しかし、楽しい夕食のひとときにも終わりはきてしまう。気づけば、この旅で2つ目の宿泊先の神山温泉(ホテル)へ向かう時間になっていた。その宿泊先は温泉好きにとって最高の宿であるだけでなく、日本語が話せない、読めない旅行者にとっても、利用しやすい場所である。
スタッフの一部は英語を話すことができ、館内の案内や説明も英語で表示されている。客室も広々としており、家族連れの旅行にもぴったりだと言えよう。

3日目

雨乞(あまごい)の滝

神山温泉で提供される、ボリュームたっぷりの和朝食

神山で迎えた3日目の朝は、神山温泉でいただいた伝統的な和朝食のおかげで、しっかり休んだ身体にエネルギーチャージもできた。地元のヤギ農家を少し訪ねたあと、中山さんの案内で、数台の車が細く曲がりくねった農道を進んでいった。そして、この旅で2つ目となるハイキングの出発地点である、壮大な雨乞の滝へとたどり着いた。

滝へ向かう途中に立ち寄ったヤギ牧場は、思いがけない楽しい寄り道だった

日本の滝100選にも選ばれているこの双滝と、そこへ至る静かな800メートルのハイキングは、今回の旅のハイライトのひとつと言ってよかった。道中にはいくつもの小さな滝があり、私は景色を楽しみながらゆっくりと山道を歩き、ツアー仲間との会話も弾んだ。

神山町民俗資料館

滝への爽快な旅のあと、次に向かったのは神山町民俗資料館だった。人口の高齢化と減少が進む地域では、地元の小学校が閉校し、使われなくなるという現象が起きている。この資料館も、閉校した小学校が資料館として再活用されているのだ。FIELDの記事によれば、2015年までに神山町の人口は5,400人にまで減少し、1955年の約21,000人の3分の1以下となり、高齢者の割合は49%に達した。という衝撃的なデータもある。

幸いなことに、神山町では廃校となった小学校のひとつが民俗資料館として生まれ変わり、地元の資料が数多く展示されている。中には江戸時代にまでさかのぼる品々もある。

展示の見どころは、農具、武具、消防器具、伝統的な人形劇で使われた精巧なスクリーン、そして20世紀中頃の電化製品など多岐にわたる。資料館は現在も整備が進められている途中で、この文章を書いている時点では、ロープや仕切り、ガラスケースなどがほとんどなく、多くの展示物に実際に触れたり手に取ったりすることができた。

Buddha Café に見る “東西の融合”

神山ツアー最後の目的地は Buddha Caféでのランチだった。
マットさんとさつきさん夫妻は、もともとこのカフェをヘルシーフードのお店として始めたが、やがてグラスフェッドビーフ(牧草牛)を使ったバーガーと焼きたてのバンズで一躍有名になった。マットさんは、この大人気メニューを「In-N-Out と Five Guys を足し合わせて割ったような味」と表現している。まさに、アメリカ西海岸と東海岸の良さが神山で出会ったような一品である。

マットさんとさつきさんは大人気メニューだけでなく、コーヒーも、自家焙煎で提供している。そのコーヒーがあまりにおいしかったので、私は自分用と、コーヒー好きの友人へのお土産として、真空パックの豆をいくつか購入してしまった。

マットさん、さつきさん夫妻

旅の終わりに向けて

神山でのツアーが終わったあとは、3日目の残りの現地時間を自分の仕事に充てた。神山バレー・サテライトオフィスコンプレックスで作業をし、ミーティングに参加し、そして最後は徳島空港へ向けて移動し、東京への帰路についた。

神山バレーサテライトオフィスコンプレックスで、移動中に仕事をこなす

普通なら、移動中に仕事をする内容など、わざわざ触れるほどのことではないのかもしれないが、神山が「ワーケーション」や、環境を変えて創造的な刺激を得たい人にとって、どれほど理想的な場所かは強調すべきことだと感じた。しかも、地域経済にとって私たちがお支払いする全てのお金が意味を持ち、消費行動がそのまま地域の力になる。

私も“神山フレンド”の一員に

多くの点で、今回の神山旅行は、筆者が初めて日本を訪れたときの体験を思い起こさせるものだった。ワクワク感と安心感が同時に押し寄せ、そこに人々の温かさと開放的な雰囲気が加わり、東京へ戻るのが名残惜しく感じられた。まさに、何年も前に初めて日本を訪れたときと同じ気持ちだ。

もしかすると歴史は繰り返され、いつか私も、これまで多くの人がそうしてきたように神山へ移り住む日が来るのかもしれない。
それまでは、この美しい山あいの村を再び訪れる日を楽しみにしつつ、中山さんが懸命に増やそうとしている「1万人の神山フレンド」の一人として胸を張って名乗りたい。

神山への旅についての注意点

四国の山あいに位置する神山は、アクセスが少し難しい場所でもある。最大限の自由度を確保するなら、この記事で紹介したように(東京から来る場合は特に)飛行機とレンタカーの組み合わせをおすすめしたい。とはいえ、日本で運転ができない場合は、東京から新幹線で新神戸駅へ行き、そこからバスでJR徳島駅へ、さらにもう一度バスに乗って神山へ向かうこともできる。ただしバスの本数は限られているため、旅程はしっかり計画しておく必要がある。


掲載内容についての注意

この記事は、2020年6月16日に combrainsの依頼のもとで最初に公開されたものです。紹介されている店舗や観光スポットの中には、現在は営業していない可能性もあります。旅行の際は最新情報をご確認ください。